バッタリびっくり‼️2019年10月06日 13:29


合わせのためにスタジオに来た。

前の方が出てくるところだった。

「お疲れ様です」
「あ お疲れ様です。」

え。。。。

あ。。。。


おおー

なんと、高校生の時に、
ピアノと楽典を習っていた先生だった。


あー びっくりー


こんなことあるんだー

10年ぐらい前、
彼とは上野駅でバッタリしたこともあるのだ。

でも、この日の方が驚いた。

一度「お元気で」って、なったのだけれど、
急いで追いかけて写真撮らせて頂いた。
。。。でも、
公開の許可を頂いていなかったので、
半分にしておく。


私は彼のお陰さまで、
音楽大学への道がつながったのだ。

習いたての頃を除いて、
きちんと私のピアノを褒めてくれたのは、
彼である。

斬新なアイデアと行動力持った方。

高校生の私がオケで合唱する、とか
合唱練習ピアニストの経験も
彼のお陰様。



今、彼にバッタリ出会えたことは、
なんだか良い兆しのように感じた。

サロンコンサート20192019年10月03日 00:15

今年もサロンコンサートの季節がやってまいりました。

いつもは、チェコ・スロヴァキア音楽を
ご紹介することが大きな目標の一つです。

今年は、それに加えて、
「100年ぐらい前の音楽」というテーマで、
セレクトしてみました。

100年ぐらい前というと、
ファッション界では、シャネルが登場し
コルセットを脱いで運動?を始め、
美術界では、二次元から三次元へ、
空間や立体を表現することが始まり、
音楽界は、調性感が変わるところへ入ります。

日本では江戸時代が終わり、
髷を切り、洋装になり、
どしどし西欧文化の輸入が始まります。
森鴎外も、夏目漱石も、滝廉太郎も、山田耕筰も。。。
留学生の第1期生世代、ちょっと大雑把ですが、
と言えそうです。

世界が大きく変化した頃、と言えると感じます。

横書きの楽譜や音符も輸入されます。
作曲法も、発声法も輸入されました。

そんな時代に新しく作られた曲。

教育に音楽が役立つと考えられたいた時代でもあるようです。
文部省唱歌が作られ始めるのも、
この頃です。

どうしてこんな楽しそうなテーマ、
今まで思いつかなかったんだろう?


そして、今回の特別はもう一つ。
17回?になるようなのですが、
ずっと使わせていただいていた東京建物八重洲ホールが、
今年いっぱいで閉鎖になるそうです。
こちらでの最後のサロンコンサートとなります。

アットホームで、響の良いホールでした。
残念です。
私を育ててくれたホールでもあります。
手術をした後も、ここでまた歌うことは励みになりました。

とはいえ、変化は良いことです。
きっと、これは次への背中押しなのかもしれません。

何しろ今は、このコンサートを成功させるために、
集中します。

「100年ぐらい前の歌」
ご一緒にいかがですか?
なかなか私らしいニュアンスのセレクトになったな、
っと思うんです。
どうぞ、いらしてくださいませ。

江古田で富士山に登ったよ2019年09月17日 00:04


昨日、お陰様で無事に、
イートinミュージック 2回目を終えました。

今回は、3歳のえいちゃんが参加してくれました。

彼は、音楽が好きだそうです。
確かに、音楽耳が育ち始めてる感じでした。
大きな音の演奏の時には、
大きな声で話しちゃうことがありました。

お行儀よくいましたが、
多分、少し興奮?してるのかもしれません。
いつもとだいぶ違う空間です。
知らない大人が周りにいるし、
大きなピアノから大きな音の音楽が溢れてきます。

静かにいる時間もありました。
それは、きっと音楽に集中できてる時間、
もしくは、気がそれた時間かもしれません。

そして、
終わってみなさんがアンケート記入している時、
彼は、さっきみんなで歌った曲を口ずさんだんです!

わあ、さっきの歌、歌ったんだね!
すごいね、と拍手してもらっていた。

このような空間は、作ろうと思って作れない。
そこにいるみなさんの心、
気持ちの雰囲気が作るのではないか、
と思っている。

子供の声が、演奏の邪魔になる、
そう感じることもあるかもしれません。

でもここはホールではありません。
パンを頂きつつ、リラックスして聴いていただける場所。

この微妙なバランスは、
パン屋さんだからこそ生まれ、
食べながらだからこそ、
皆さん受け入れてくださるのでは?
そう、感じました。

あのお母さんが、
もう何回か、勇気を持っていらしてくださるといいな、
と、個人的に願っています。

さて、今日の一枚は、富士山頂のほこら?
で撮ったもの。
このライブの前、
少し早めに行って、
駅前の浅間神社に寄りました。
年に3回だけ、
神社裏の富士山に登れる最終日です。

8メートルの富士山。

実は終了後にも寄ってみたら、
お神楽をしていました。
東京の練馬区で、
このように伝統が守られているのは感動です。

私たちのこの企画も、
見守っていただけるように、
ご挨拶してきました。

音痴回避について思うこと2019年09月14日 23:50


音痴について考えたので、
その回避法については、簡単である。

インプットのラインも、
アウトプットのラインも、
けもの道でなく、
高速道路にすればいいのだ。

まず、インプットは、
出来るだけ小さな頃から、
(実はお母さんのお腹の中、
5ヶ月から耳の機能ができ始めるそうだ。
それで、胎教ということになる。)
声を、音を聞くことだと考える。

胎児がまず耳にするとしたら、
お母さんの心臓の音や、血流の音である。
そして、お母さんの声とその響きを感じる。
何しろ、ダイレクトに、
内側から感じるわけで、すごいことだと思う。

だから、黙っていないで、
語りかけるといい、ということになり、
歌う私からしたら、
ぜひお母さん自身が歌えばいいと思う。
クラシックでなくて、もちろん構わない。

お母さんのお気に入りを、
まず、自分のために歌ってみるといいと思う。
メンタル的にも、いいのではないか。

もちろん音読、でもいいわけではあるけれど。

このように、まずはインプットの道を少し整えておく。

そしてアウトプット。
これはもう、
まず真似をしてもらうことを考えたらいいと思う。
なので、動物の鳴き声などは、
ぜひ本気で真似ごっこをしたらいいと思っている。

私たちの発声も、
動物にインスパイアされることは多かったりする。
だって、通る発声だから。
通らないと、死活問題だもの。。。

そして、歌。

お母さんのなま声で、
家族のなま声で、ぜひ歌ってほしい。
CDも悪くないけれど、ぜひなま声で。

音痴がうつる、という心配は無用です。
間違った音で覚えてしまったとしても、
大人になったら、
理性的に直せるようになっているはずですので。

声がよくないから、
という心配も無用です。
ただ、優しい声で歌ってください。
大きな声ではなく、優しい声で、です。
自分も気持ちが良いと感じる声でいいんです。

(叫んでいるお子さんを見かける。
これは、何か問題がないのなら、
ぜひ、公と私的ということを、
雰囲気で伝えることをしてほしい。)

やさしいなま音の音楽があって、
公と私の雰囲気の違いが感じられる場所。
公だけど、みんながリラックスしていて。
食べながら、飲みながら、だったらもっといい。
グランドピアノがあれば、ベスト。。。

それを実現しようと思った。

今日の一枚は、
そんなライブ?のちらし。
そんな場所があったのだ。
それで、先月から始めてみた。

音痴回避のためだけではないのだけれど、
もっともっと、語りたいところだけれど、
また、おいおい。。。

音痴について語ってみる2019年09月13日 01:17


「日本人は音痴がいない民族である。」

これ、頷けますか?


私は、頷ける。

少なくとも、
0人ではないとしても、
本当に音痴の日本人って、すごく少ないと思っている。
ほんとはいないんじゃないか、と思ってる。

一般的に言う「音痴」とは、
私にとっては、音痴には入らない。

その音痴は、回避できたはず、
あるいは、これから矯正可能だと考えている。
そう感じることがほとんどなのだ。

一般的音痴には、3種類あると考えている。
リズム音痴 … 拍が取れない、もしくはテンポが取れない
音程音痴 … 音程が取れない
その両方ミックス音痴

概ね、思い当たるとしたらミックスタイプかと思う。
その割合は、個人差があるが、
ミックスが多いように思う。

そしてこの二つは、
大人になっても程度の差はあるが、
改善する可能性はとても高い。
ちょっと根気がいるけれど。。。

改善できると言うことは、
そうなった原因を考えられるわけで、
それは、シンプルに、
音楽経験の少なさだと思っている。

自分で声に出したりすることはとても大事な音楽経験だ。
でも、それよりも前に出来ること、
というか、しているはずのことが、聞くことである。
これが少ないと、音痴度が上がる。

聞く経験が少ないので、
気にする、とか
感じる、聴くとかいう回路が
あまりはっきり繋がっていないイメージだ。

そこがまず曖昧なのに、
聞いたことを声に出すということは、
その回路はもっとけもの道である。

インプットのラインも、
アウトプットのラインも、けもの道。
これが、殆どの日本人の音痴の状況ではないだろうか。

あと、特記事項として、
加齢、が関係することがある。
音程を支える筋力が弱って、音程がちょっと外れる。
息が続かなくなって、音程が下がる。
などなど、
歌は呼吸筋との関係が深いので、
加齢が原因になることもあるようだ。
というか、からだ全身で歌っていれば、
逆に呼吸筋トレーニングになるということである。

さて、今日の一枚は、
秋のおさらい会「もみじコンサート」のフライヤー。
春のさくらコンサートの秋バージョン。

ちょっと自慢なのは、
うちの生徒さんたちは、回を重ねるごとに上手くなる。
当たり前のようなのであるが、
これが結構、すごいことなのだ。

なぜ年を重ねて、
加齢しているのに上手くなるのか、
といえば、ひとえにからだで歌うことをテーマに、
声楽を習っているからだ。

この道50年の大工さんや寿司屋の大将のように、
人生70年のからだ使い、なんである。

私音痴なんです、と言って始められた方も、
子供の頃に音楽経験を持っていたなら,
その音痴はいつしか、改善されていくのだ。

だいたい、他の人と比べて、
私は外れてる、って聞こえてるなら、
ほんとの音痴じゃない。
そうでしょう?

簡単に音痴って言い過ぎ。。。