サロンコンサート20182018年09月15日 23:45

サロンコンサートのお誘いです。

昨年は、ちょっとしたトラブルで、
できませんでしたが、
今年は、開催です!

昨年予定していたチェコ歌曲。
ドヴォルザークの6つの歌曲を、
全曲チェコ語で歌わせて頂きます。

もう一つ。
トルナウスキーという
スロヴァキアの作曲家の作品。
「小さな花々」から5曲。
スロヴァキア語で歌わせて頂きます。

他に、日本の歌や、
イタリア古典歌曲、ドイツの歌など。。。



チェコ語とスロヴァキア語。
元々は一つの国だったことがあります。
お互い、それぞれの言葉で話していても、
話が通じるそうです。

多分、感じとしては、
私たち日本人が関西弁と関東弁とで
話してるようなものでしょうか。

発音も、文法も似ている、
というか、方言、ぐらいの差かもしれません。


歌うには、書かれている通り、
できるだけ忠実に歌うところですが、
CDなどを聴いてみると、
何分方言に近いので、
少し潰れる?発音などもあるようです。


でも、私は外国人になるので、
書かれてる通りに歌おうと思います。


彼らの言葉には、
母音(a e i o u)は私たちと同じようですが、
長い母音、というものがあります。
これは、長いなら長く発音しないと通じない。
大事なことです。

なんと、歌う曲は、
長い母音には長い音符が当てられて、書かれています。
そうでない場合、同じ音符でも長めに歌います。
長母音だよー、
とわかるように歌う。

この時代の歌う曲は、歌詞が先だった、
という証拠でもある。


興味深いでしょう?

元々、歌うための曲は、
詩が先にあった、ということです。

最近は、曲が先で詩を後から作る、
というか、付ける。
なぜ付けるかといえば、
音が先にあれば、字数の制限が出ちゃうから。

難しそうですよね。。。


これは、訳詞で歌うときにも
同じことが起きているわけです。
それで、ちょっと違和感を感じることって、
ありませんか?


音楽と言葉。
両輪で、どちらも大事なもの。
どちらも一緒に操れるのは、
人間の特権です。
だから、文化で文明。

歌って、すごいでしょ?

エディタ・グルベロヴァ2018年09月14日 22:44



彼女が来る。

まだ学生だった頃、
憧れた人。

練習していけば、
いつかこんなふうに、
軽やかに、らくらくと、キラキラと歌えると思ってた。


金属のような響きがあるのに、
柔らかで、エレガントな歌声。


でも、ただ練習をしていても、
こんな声は出せないことは、
やがて私にもわかる日が来た。

同じ人なのに。
何が違う?
どうすれば良い?


ある時、目の前に歌っている人が、
同じ響きを持った声だと気づいた。

え。。。。
同じ発声法なのか?
こんな人と会えたんだ。

そして、その人は、今私の先生だ。
この人にレッスンを受けるために、
スロバキアに行くのだ。

そう、二人ともスロバキア人である。
私の先生はメゾソプラノだけれど。。。


さて、また前置きが長くなったけれど、
日本での最終公演、と言われたコンサートは、
既に何年も前に終えているグルベロヴァ。
でもね、来月、来日する。
72歳になるそうだ。


その最終公演は聴き逃していまっている。
今回は、残り少なくなっていたけれど、
チケット取れた。

嬉しい😆


実はこの日、
生徒さんのおさらい会を予定していた。
でも、今回私のわがままを皆さんが快く聞いてくれた。
ありがたいことです。


また来月に限って、
会場の抽選に3日も当たっているわけである。
全く取れない月もあるのに。
ありがたいことだ。

もう既にわくわくである。

2種類の痛み2018年09月09日 23:31


先日のレッスンで。
左右の肩の高さが違う方の話を書いた。

この方に、その場で軽く
セルフ整体を試みて頂いた訳だ。

その時に、動かすと痛い、
と仰る。


普段から、太極拳やゴルフや、
結構からだを動かしている方である。

そのような方は、
痛みにある意味敏感だ。


まず、怪我したくないからであると思う。



そこで、気をつけて頂きたいことがある。

(書いたところでどうなんだ?
と言う気もするのだけれど、
知っているといいことだと思うのだ。)


筋肉を動かして痛みがある場合、
2種類考えられると思っている。

一つは、外科的に、
故障というか、怪我というか、
をしていて、痛い。

もう一つは、
今まで余り動かしてこなかった筋肉を
使おうとしての痛み。


どちらも大切なことは、
急激に動かしたりせず、
様子を見つつ、静かに動かすこと。


そして、見極めとしては、
まず、怪我や故障をするような心当たりを探す。
無いようであれば、
少しずつ無理のないように動かしてみて、
段々、痛みが減る場合や、
動きやすくなる場合。
これは、2つ目の方である可能性が高い。

ゆっくり、機械に油を差して様子を見るように、
動かしてみるといいかと思う。


まあ、文字で書いても
わかりづらいことゆえ、
本当に無理に、急にはしないでくださいね。


この場合でも、次の日やその次の日あたりに、
筋肉痛が来ることもある。
私の場合、
ロルフィングをいう施術を受けるとその場で、
今まで固くなっていた筋肉を伸ばした分の筋肉痛が、
やって来たものだ。


痛みには、とても個人差がある。

痛みの感覚は、本当に個人的である。
気のせいレベルであっても本人は痛いのだし、
怪我があれば、もちろん痛い。

女性の方が痛みに強い、などということも聞く。


だからこそ、
自分の痛みの感覚には丁寧に向き合って欲しい。


概ね、
筋肉痛は、自分で筋肉痛と感じることができる。


しかし、怪我の痛みと、
眠っていた筋肉が動き出すときの痛みは、
痛さ的に近い。
どちらも筋肉が痛い、と言う意味で同じなのだろうか。

リハビリは痛い、と聞くものね。。。
マッサージも痛い時代があったではないか。。。


どちらか、迷うなら
心配ならお医者様へ行こう。


でも、動き始めで痛いことを怖がっていると、
いつもの、身体の使い方を直せない。


微妙なことですよね。


2種類ある、と気づいていると
自分との会話が楽になると思う。


お医者へ行くタイミングは、
早めに決めて下さいね。



さて、今日の1枚。
前出のスピシュ城を持ち上げておりまする。
筋肉のお話なので、乗せてみました。
ご本人の許可を得ています、はい。

歌は文化の底力2018年09月08日 23:02

レッスンの後にWSを設定してある日。

レッスンだけ受けて帰るつもりだったそうだが、
これまた、
「初めて出ちゃった声」体験をした勢いで、
WSも参加された方がいる。


彼は、久しぶりにレッスンを再開した。

もともと沖縄の島の特産物のような声をお持ちだ。

良い声の方によくあるのは、
自分に良く聞こえる声を
使っていること。

当たり前のように思うけれど、
これで良いように思うけれど、
ここから離れる必要がある。
他の人が聞いて聞きやすい声が良い。
その方が、実は本人が疲れない。

これも声の錯覚のうちの一つである。

声は、自分の耳では2種類を同時に聞いている。
内側で響いている声と、
外から聞こえる声。
これを本人は、同時に聞いている。

だから、録音の声を自分の声と思えない、
ということも起こる。

これは、やがて一致して来る。
という言い方で良いか?
なのだが、
私は、一致して聴けるようになった。


前置きが長くなったが、
彼の課題に、
もう少しチャラ男な声を出してみよう、
がある。

軽くて、響きが上にある声。
これをチャラ男な声、と例えた。

男性にこれをお願いすると、
照れくさいし、恥ずかしいし、
そもそも自分はチャラ男じゃないし。

でも、そうすると声が疲れない、
ということは、わかった。

という辺りでお休みに入られた。


今日、最初の呼吸を変えてみたら、
例のチャラ男声で、
簡単に、安定して歌えたのである。


私の方がびっくりだ。

チャラ男声記念日!
っていうか、この声が出たら、
立派に良い声記念日だ。

で、WS。

今日は、前回の「ゆりかご」
の子守唄つながりで、
チェコスロバキアの子守唄を原語で歌おう。


民謡である。
ちょっと日本の
ねーんねーん ころりよー
おこおろーりーよー
に似ている。

私のお気に入り。
ドヴォルザークは、この歌を歌曲に仕立てている。
芸術になるとこうなるんだー、
と感激する。

歌詞を読む。

ほー韻を踏んでいるのですね

彼が言う。

そうです!

民謡なので、子守唄なので、
シンプルにできている。

何回か歌うと、口ずさめるようになる。

では、今日の最期の歌です。
レッスン受けていない方もいるのだけれど、
さっきの呼吸の位置を変える、
を試しつつ、歌っていただいた。


おー
歌いやすい。
声が出しやすい。

えー、なかなか高度テクニックを
こんな短い時間でできちゃうんですか。。。


またまた私がびっくりだ。


本来の発声。
これは、多分動物たちがしているように、
自由で、癖がなく、遠くまで届く声。

でも、人間は、これを文化にできる。
歌詞があり、それを感じ、
メロディがあり、それを感じ、
拍があり、リズムを感じる。
歴史、背景、言語、宗教。。。
いろんなものをチャンプルーして、
歌になる。

だから歌は、文化です。
だから、芸術です。

誰でもできる尊いこと。
最古で最先端。

今日みたいな仕事をさせて頂くと、
ほんとに嬉しく、ありがたい。


さて、今日の一枚は、
こんな話の後にちょっと異質ですが、
仕事の前に、初コメダコーヒー。
遅めのランチにグラタンを頂きました。

ごちそうさまでした。

ほら この通り2018年09月05日 23:46

朝起きてテレビをつけたら、
えらいことのなっていた。


飛行機が飛ばない、って。。。

無論、たくさんの場所で被害があったようで、
一つ一つ、大変痛ましく、言葉がない。


この中で、比較的想像できる気持ちは、
「飛行機が飛ばない」

これは、心がキュっとなるぐらい理解できそうだ。


国内線だった方も、本当に切なく辛いことと思う。

国際線として使うはずだった場合、
読めない、聞き取れない言葉で説明されても、
あまり納得できないだろう。
穏やかではいられないと思う。

異国の地で飛行場に着けば、
まず、ホッとするんである。
つい、これでもう大丈夫、なんて思うのだ。

あとは、乗るだけ。。。
寝るだけ。。。

もう、パスポートとチケットがあればなんとかなる。
もう、この国は出たも同然。。。
心は、もう家だ。

それが、帰れない。
乗れない。飛ばない。

どんなにか心細いだろう。

本当にお疲れ様。大変な1日でしたよね。
ん? 2日か?
今頃は家に着いただろうか?
ゆっくりできるといいですね。


さて、私の昨日のぐじゅぐじゅ問題は、
一つは時間がかかるもの。
でも、もう一つは、
あっけなく解決。
というか、なってほしい方へ動いた。

本当に不思議。

この場合、誰も何もしてないはず。

でもね、ほらこの通り、なのだ。

もし、様子を見てみましょう、と
考えることができたら、
いや、考えることから少し距離が置けたら、
かもしれない。。。
コトは、うまく動くのかもしれない。
誰にとっても良いように。
公平に。

うん、そうかもしれない。

ただね、これうっかり忘れちゃうの。
もう少し、活用しようと思った。
たくさん応用できるなー、と思う。


さて、今日の1枚。

恥ずかしながら、私の今日のランチ。
本当に家に何もなく、
時間もなくて、
うどんに梅干しに大葉。
お腹空きすぎていて、
よく味わうこともなく、お腹へ。
ちょっと大葉を柔らかくするとよかったかな。
ぼそぼそした。。。

ありがたく頂きました。
ごちそうさまでした。