戦友と会う2017年10月08日 18:38


戦友と久しぶりに会った。
同じ頃、同じように戦ったんだが、
その戦いは、彼女の方が熾烈であった。
私はもう、ほんとにたいしたことない、と思っちゃうぐらい。

でも、それでも私たちは戦い、
今もまだ、ちょっと戦っているんである。


元気にまた会えてほんとに嬉しかった。

会えなかった間、
彼女は、もう一つ別のことで戦うことになっていた。
驚くよね。。。

でも、彼女はそれももう、楽しそうに話すんである。


私たちは、娘の高校で会った。
私たちは、PTAの役員さんだったのだが、
やはり私はたいしたことない役員さんだった。
彼女はえらかった。


たくさん話した。
なんだか、今までで一番、
短い時間だったけれど濃い時間だったね。


この所の私は、出会う人々が変化してきているのだけれど、
こうして、前からのご縁で会うと、ちょっと違うんである。


お友達の少ない私なんであるが、
もしかして彼女はお友達、って言って怒らないかも。。。
何しろ、彼女に会う、と言うと
娘が喜ぶんだから、面白いね。


今日は、我孫子でうなぎを頂いた。
東西蒲焼き、だそうで、
蒸して焼く関東風と蒸さずに焼く関西風を1回に食べられる。
おいしかったね。

また、会えるまで元気にがんばろね。

哀しい耳2017年10月20日 20:15


キャスリーン・バトルのコンサートへ行った。

憧れの歌い手。
あんな風に歌えたら、
とお手本にしている生きている二人のうちの一人だ。

彼女の声を、生で聴くのは初めてだ。
サントリーホール。
すてきだ。
きっと彼女の繊細で、完璧な発声を
すてきに響かせてくれるだろう。


少し早めにホールに入れた。

あれ、ピアノのふたが上がっていない。
一番低く、3㎝ぐらいしか上がっていない。。。?


1曲目。オンブラマイフ。
え、これ  一曲目なんだ。。。

歌いながら、ピアニストにもっと音を出して、
と言うようなジェスチャーをしてる。

そう、確かにピアノの音がこもっていて、
本当にもったいない。


昔、この、
彼女のオンブラマイフの歌声がCMで流れて、
大人気になって、
彼女はコンサートをした。
その時にオケに入っていた人からきいた話しによると、
「彼女、声が小さいんだって」
私は驚いた。なんてことを。。。


なぜ、生身のからだで、マイクも使わずに歌う声楽家に、
大きな声が良いことだと、言うのだろう?
大きな声は美しいだろうか?
声が聞こえなかったとでも言うのだろうか?
なぜ、大きな声と、良く響く声が違うと感じないのだろう?
彼女は、あのパヴァロッティやドミンゴを相手役に
オペラでも歌っているのに?

なぜ、繊細さにテクニックを、
芸術性を感じないのだろう?



別の所で、
「日本のオケは、ピアニッシモが出せない」
と、言われているという噂を聞いた。


今回、そのようなことが考慮されて、
ふたが上がっていなかったのかもしれない、と思った。



でも、この夜の聴衆は、
あれから20年ほども経っているのに、
あの頃のように、CMは流れていないのに、
聴きに来ている訳だ。
最後の、ピアノの音がなくなった後の、
あの、バトルのピアニッシモの声の響きが消えるのを聴いて、
それから、拍手をしていた。

だんだんと彼女は乗ってくるんである。
黒人霊歌も、ジャズも。
アンコールは、8曲だったと思う。
68歳になったという彼女は、ますますつややかに、
伸びやかに歌った。

そう、アンコールで一曲、
日本の歌が入っていた。
「この道」
前奏が始まったとき、おおーと声が上がり、
2回目をみんなで歌うようにとジェスチャーがあったとき、
サントリーホール中の空気がごおっと動いた。
その空気の動きに感動して、もう涙を我慢できなかった。

バトルはすごい。
ピアニストも、ほんとにすごかった。
音楽ってやっぱり、すごい。


・・・68歳か。。。
彼女のように、何があっても、
あのすてきな、正統的な発声を守れていれば、
68歳でも、あのように歌えるのだろう。
私も、最後尾の方かもしれないけれど、
あのすてきな、正統的な発声を追求している。
そのライン上にいると確信している。
68歳になるのがちょっと楽しみになってきた。

すてきな夜をありがとう。